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省エネ
[その1]冬でも汗をかいてるようなデブは地中深く埋めてしまえばよかろう。デブは存在自体が温暖化。燃やさないので二酸化炭素も出さずに済むし、そもそもデブに食わせる“余計な”水や食糧は地球規模で無い。

[その2]都心のビルをすべて壊し、アスファルトをひっぺ返したらよい。

[その3]ゲップばっかりしてる家畜を皆殺し。
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そんな今日この頃
[その1]
21世紀に発明された概念である「自己責任」に依るならば、原発事故の被害も当然ながら自己責任に帰す。そんな土地に住んでいたのが悪いのであって、お上に救済を求めるのは如何にも図々しい。さらには地震大国に住んでることすら自己責任じゃん。文句を云うな。嫌なら日本から出てけってこと。

[その2]
土壌汚染にはナタネが効くよー! の間抜けな説。現在進行中にあって、いつ誰がナタネを植えるのか。がっつんがっつん余震が来てるだけでなくレベル7どころじゃ済まねえだろうってなこの段階で有り難がって報道するのってねェ。

[その3]
外国産のメリケン粉ばっか食ってるくせに今さら内国産の米の心配する愚。中国産の毒入りギョウザには過剰反応するくせに放射能野菜はバクバク食おうってサ。心配はないんだって。それが被災地の復興支援なんだって!

[その4]
遠くへ難民しようにも狭い島国日本ではそれすら叶わぬ諦念。要するに、原発を推進したのは誰なんだ。政府の奴らも電力会社の奴らも残らず死刑で多少の溜飲は下がる。
最近思うこと
■裁判に民意を反映するというならば殺人犯の80%を死刑にしなければ民意の反映とは云えぬ。

■原爆を落として何が悪い。オレたちゃ英雄だ!──と発言するメリケン。心ある民族派右翼諸君はこれに抗議すべくただちに在日米大使館を爆破するだろうと期待していたのだが、ハテ。http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090803ddm007040080000c.html

■体感治安が悪化する中で出会い系(婚活もサイトも)がブームの不思議。

■シートベルトやチャイルドシートは本来自己責任なんだからお役人がとやかく云うなコロヤロー、死ぬも生きるもおれ様の勝手だバカチンが! と腹を立てぬ従順な国民。

■押し頂いた(西部邁風に)民主主義であればこの国の民度は今が最高潮だろう。自民党とは所詮「おはぎ」と「ぼたもち」の違いでしかない民主党にすら政権を取らせない臆病と云う名の国民。小作人根性が極めて標準的な日本人の姿。

■90年代以降の女性アイドルはO脚ばかり。オナペットにもなりゃしない。
白マスク
白マスクマスク莫迦売れを起こしている新型インフルエンザ狂奔をみてパナウェーブ研究所を思い出したのは私だけではあるまい。

事情を知らぬ外国人から「日本人はみんな白マスクしてるけど、なんで?」と聞かれたら「スカラー波から身を守っているのだ!」と答える準備は出来ている。
司法と社会は尚も敗北する
分からないのが“責任能力があるから死刑”の理屈である。「責任能力の有無が争点」といった裁判も多い。私などは責任能力があるならばむしろ生きて償わせた方がよいではないかと考えるが、主流日本人の感性では「死刑」ということらしい。

荒川沖連続殺傷事件の被告は、「『早期の死刑執行』を繰り返し望み」、「当時の心境を『この世界から消えたかった。つまらない人生をさっさと終らせたかった』と説明」。そして「無差別殺傷に及んだのは『とりあえず複数殺せば死刑になる』ことが理由という」(29日『毎日』朝刊)。

記事を書いた毎日記者は被告と接見したなかで「遺族や被害者を思いやる言葉は一度も出ていない」などと書いているが、早く死刑にしてくれと主張する被告に反省を期待する方がどうかしているだろう。この国では責任能力の有無もさることながら、反省の有無を執拗に求めるのが大好き。反省したところで死刑にされるならば反省するだけ損というものである。

被告のふてぶてしい態度はなるほどケシカランとは云える。しかし死刑志願の殺人者には法も社会も敗北する以外にない。おれは死刑希望でお前らを皆殺しにするゼという社会の落とし子は完全無欠である。訳知り顔の評論家が「心の闇」「人格障害」と解説したところで死刑志願者は減る気配がない。死刑制度が何の歯止めにもなっていないのではないか。

さてどうする。被告は責任能力があるから死刑とするか。してその効果は誰にどのようにもたらされるのだろうか。被害者遺族そして犯罪的無知の善良なる市民の溜飲をほんのちょっと下げるだけではないのか。死刑執行によって被害者遺族に明るい未来が拓けたのか。死刑執行に喜びの声湧く遺族、という報道にはついぞお目にかかったことはない。マスゴミはなぜ取材せぬ。

29日『毎日』朝刊社会面には《妹殺害の兄 懲役12年》の記事もあった。今や殺害人数を問わず殺人犯は死刑に、の時代である。ところが有罪判決を出した東京高裁は殺害と死体損壊さらに完全責任能力まで認めながら懲役12年である。この国は家族の殺害には極めて寛容だ。介護殺人が顕著な例。

死刑制度を存置するならそれもよかろう。しかし誰を殺せば死刑で誰を殺せば死刑ではないのか。遺族が涙すれば死刑で涙してくれる家族がいなければ有期刑か。ここを感情によって線引きする欺瞞はしてもらいたくないものだね。
談合裁判
裁判員に選ばれたからといって新聞もテレビもネットも遠慮することはないのが日本の裁判員制度。

であれば驚くこともないのだろうが、裁判員に選ばれた者が「午後から始まる公判を前に喫茶店で話し」をするなどは、いくら暑がりの私でも寒気がする。剛と秋子がダベっていたのは「公判前整理手続きとは何ぞや」ではあるが、これが──

「ねえねえ。被告人てさぁ、いかにも悪人! て顔してるわよね」
「うん、そうだね」
「取り調べでは自白したんでしょ。それが裁判になってから無罪を主張するって変じゃない?」
「そうだよな。ホントに無罪だったら自白なんかしないよな」
「私、被告人が犯人で間違いないと思うの。剛さんはどう思う?」
「うん、おれも被告人が真犯人だと思う。状況証拠もあるみたいだし、新聞やテレビでもあれだけ大騒ぎになってたしね」
「そうよね。‥‥どうする?」
「おれは迷わず死刑を選ぶよ。被告人はちっとも反省してないしな」
「やっぱり死刑しかないわよね。でなきゃ、遺族が可哀想だし」

──てなやり取りだって出来るだろう。いやはや公判を目前に裁判員だけで裁判所外で合議できるとは、日本の裁判員制度ってどこまでも果てしなく大らかだなあ。諸外国は知らないが。

裁判員制度によってカップル誕生があるかもだね。共に死刑を宣告した同士、みたいな連帯感も生まれるし。「おれたち、気が合うね」なんつってな。

私が裁判員に選ばれたならば──美人でかわゆくてクールでキュートでセクシーで頭がよくて気が優しくて力持ちで背が高くて黒髪でパイオツとツーケと太ももが充実していて足首がキュッとしていて夜の超絶技巧がすごくて親が死にかかっているなんとかコンツェルンのひとり娘、が同じ裁判員だったら嬉しいなあ。そんなおねいちゃんとホテルでヨロシクしながら談合したいもんである。

それが遺族のエージェントで、「死刑制度をぶっ潰せ」と密かに主張する私を陥れるハニートラップだったとしても、私は仕掛けに喜んでハマるだろう。つーかナニをアレにハメるだろう。ありがとう浜村淳です。
怪しいから死刑
お前が一番怪しい。だからお前が犯人だ。ハイ死刑ね。

いやはや恐ろしい判決が出たものだ。

約2年前には横浜地裁で「『ささいないさかいがきっかけで衝動的に殺意を抱いたような事態』などが想定できる」と有罪にされた判決もあった(参照)。想定である。“事態などが想定できる”から有罪なんである。

状況証拠だけで有罪にされた判決はいくつもあるが、明確な証拠はなくとも裁判所は死刑判決に躊躇しない方針を明確にしたのが今回の和歌山毒物カレー事件であろう。

死刑相当に全員一致した裁判官(那須弘平、田原睦夫、藤田宙靖、堀籠幸男、近藤崇晴)の本音は「遺族、被害者に恨まれるより林真須美に憎まれた方がいい」ということだろう。あれだけ騒がれた事件なのだから今さら“合理的な疑いが残るから無罪”とは云えぬ。

判決では裁判所お得意の「全面的に否認して反省の態度をまったく示しておらず」も出た。反省していないのはケシカランという話し。加えて「遺族や被害者らに対して、慰謝の措置も一切講じていない」と宣う。

被告人は無罪を主張しているのだからおかしな話し。「分かった、反省する。遺族と被害者に慰謝料も払う。でも私は無実です」などと云う被告人がいるものか。昨日は反省ザルの次郎が4代目を襲名したというが、日本人は反省を求めるのが好きだよなあ、それも執拗に。でも反省したところで死刑にされちゃうんだから。

裁判員制度に目を向ければ、マスゴミによる連日の推定有罪報道に、犯罪的無知の善良なる市民が「無罪推定」「疑わしきは被告人の利益に」の原則を貫けるかどうか。残念なことに日本人はそこまで自律できぬ。8番陪審員がいようものなら非国民の譏(そし)りを免れまいて。ああ恐ろしい。

怪しいから死刑日放協がニュースで「最高裁判所は、裁判員の辞退を認めるかどうか判断する際の参考にするため、どんな仕事の人がどんな時期に忙しいか全国で調査した結果をまとめ」たと伝えた(写真をクリック)。こうなると裁判員になれるのはヒマな公務員くらいなものだろうね。これは余談。
自衛官募集ビラ
自衛官募集ビラこうしたビラは「違法」ではないのだねえ、平気で配っているところをみると。訴えたら違法になるのかしら。宣伝文句が秀逸。
キャリア選択におけるきめ手は、「納得」か「妥協」か。
あなたも「納得」を手に入れたくありませんか。

平和を、仕事にする。
陸海空自衛官募集

変化のめまぐるしい現代において、
自衛隊の持つ強みは
(1)団結の核心をなす『信頼』。
(2)トレーニングによって「人材」を
   代替のきかない「人財」へと
   洩らさず育てる『教育訓練システム』。
このふたつが組織に意志と活力を与えます。

時代の変化に翻弄されない
「不動の価値」がそこにある!
最後の2行は文字がでっかくなってた。

時代の変化に翻弄されない
「不動の価値」がそこにある!


「自衛官募集コールセンター」にフリーダイヤルを用意しているのがスゲー。先輩たちからイジメ殺されずに生還できたらおめでとう。

ご結婚50年に寄せて
裕仁が人間宣言(莫迦莫迦しい)して以降の天皇は主権者たる日本国民に食わせてもらってる立場なのだから、嘘でも国民にもっと感謝せねばならぬ。もっともらしく「嬉しく思います」なんてこきゃあがると生活保護を打ち切るぞ。

そういえば3月だったか。雅子とダンナ、娘っ子の3人で奥志賀高原へ「静養」に来たらしい。いつもながらJR駅前や幹線道路は莫迦莫迦しいほどの警備。何ひとつ生産せぬタダ飯喰らいの一家のせいで混雑する道路。あのねえ、静養も警備もタダではないのだよ。

天皇一族は右翼の街宣車で移動すればよいのである。街宣車を襲う者など今の時代いないだろう。それに右翼団体からすれば大変な名誉だろうから喜んで搬送するに相違ない。まさか運賃をよこせとは云うまいよ。それでは白タク行為である。

さて、天皇はこの国の象徴であるという。本当かしら。たとえば「赤」と云えば共産党! と来る。ノンポリならば情熱と答えるかもしれない。それは「赤」が共産党や情熱を充分に象徴しているからである。

天皇は本当にこの国を象徴しているのか。ときおり「主権者」の前に現れてうやうやしくアルカイックスマイルを振りまくだけならばこの国の象徴はペコちゃんでよいということを散々書いてきた。むしろペコちゃんの方がかわゆい。年間70億円もの生活保護費を支給してやる必要もなければY遺伝子だ女系だといった愚かな議論で紛糾することもない。後継者問題など存在せぬのだから。

ペコちゃんといえば正しく不二家の象徴であろう。ペコちゃんと云えば不二家であり、不二家と云えばペコちゃんである。不二家と云えば? ネクター! そう答える者は相当なへそ曲がりだ。

果たして天皇がペコちゃんくらい立派な象徴足り得ているのか。「主権の存する日本国民の総意に基づ」いてなくとも(憲法1条)、象徴としての存在に疑わしさがあるのならば天皇の存在理由はすっぱりとなくなる。

日本の象徴であるならば日本の玄関口成田空港ロビーで「ようこそ日本へ!」とやればよいのだ、カーネルサンダースよろしく。外国人観光客も大喜び間違いなし。オー! ジャパニーズ ショーチョー! これこそ真の公務である。ただし、どぶ川へ放り込まれないよう充分にお気をつけを。天皇の呪いがかかるのはイヤだ。
殺して食べる
或おねいちゃん、同僚と結婚することになった。結納を前に、山間の小さな集落にある彼の実家へ挨拶へ行くことに。前にも簡単な挨拶に伺ったことはあるが、今回は泊まり。垢抜けした美人と評判のおねいちゃんを、彼の両親はとても気に入っている。田舎の人間らしく大層なもてなしで迎えてくれた。

ところがおねいちゃん、以前訪れたときにいたウサギのミミちゃん(仮名)の姿がみえないことに気がついた。肥えてはいたものの、いかにもウサギ然とした愛くるしいミミちゃん。それがすっかり形を変えて食卓へドーンと乗っていたのだ。

それが理由で交際は終了。なんと野蛮で残酷な一家なのか! ということらしい。話しを聞いた私は「何のために飼っていたのかといえば、そりゃ食うためだよ。それは大変なご馳走であり、お客への最高のもてなしだったのだ」と云うが、ペットを食べるなんて信じられない! と来る。いや、だから、田舎の家で飼っている鶏やウサギは愛玩動物ではないのだよ。

今どきの寿司屋ではマグロの解体ショーなるコトをお客に見せるらしい。ならば牛の解体ショーをする焼肉屋があってもよさそうなものだが、そのような店は“なぜか”ない。牛だって血抜きをしておけば「ショー」は出来るだろう。

この国の食糧自給率は40%。ならば60%の国民は飢えて死んでもよさそうなものだが、なぜかそうはならない。それどころかメタボに恐れおののく国民の多いことったら。

今どきは「給食費を払ってるんでござーますから、宅のボクちゃんに『いただきます』を云わせるのはおやめくださいませんコト?」と学校へねじ込むPTAもいるのだとか。いただきますとは“あなたの命を私の命に代えさせていただきます”なのだがなあ。宗教ぽいが、そうなんである。

本ブログで以前「小学校の修学旅行で屠殺場を訪れたらどうかと考えている。『食う』とは何か、そして『命』とは何かを学ぶに最も適した場所が屠殺場である」と書いた(参照)。産地ばかりを気にしても仕様がないぞ。

『毎日』で3回にわたって連載された《肉はどこから:いのちと向き合う》は良い記事だった(魚拓)。主題は「屠殺」に向けられているところがなかなか無い視点である。
1日80万ガロン
80万ガロンと云われてもピンと来ない。いったい何リットルなんですかと。
私は算数が苦手なので計算が間違っているかもだけど見逃してくだせェませお代官さま。

【1】
1ガロンは3.7854118リットル。これを今どきの円周率のようにすれば1ガロン=4リットルとなるが、それでは乱暴なので1ガロン=3.785リットルとして計算してみよう。すると、80万ガロン=302万8000リットルとなる。
私の愛車(宅の車はおドイツ製ざーますの。ごめんあさーせ)は70リットル入るから、302万8000リットルならば4万3257回も満タン給油できることになる。
これを燃費に置き替えてみよう。

【2】
市街地走行を中心に1リットルあたり9キロメートル走行できる(燃費わりー)と計算すると、満タン70リットルで630キロメートルの走行。それを4万3257回繰り返すと2725万1910キロメートル走行できることになる。
何か計算が変な感じもするけど、気にせずつづける。

【3】
2725万1910キロメートルとはどのくらいなのだろうか。
地球一周は約4万キロメートルというから、2725万1910キロメートルの走行ができるならば、2725万1910kmを4万kmで割ると約681、つまり私の車で、しかも市街地走行の燃費でも地球を681周できることになる。

【4】
さらに80万ガロン=302万8000リットルを現在のガソリン価格で考えてみよう。
私の車は無鉛ハイオクガソリン指定。いつも利用しているところのハイオク価格の1リットルあたり154円で計算すると、154円×302万8000L=4億6631万2000円である。
宝くじで前後賞合わせて1等を当ててもまだ足らない。

【5】
もうひとつ計算してみる。
私はだいたい月に2000キロメートルくらい走行する。年間では2万4000キロメートルである。そこで、【2】で計算した2725万1910キロメートルを2万4000キロメートルで割ると約1135、つまり私の日常生活で2725万1910キロメートルを走行するには1135年もかかることとなる。

日本政府は「テロとの戦い」においてこれまで、私の自家用車で地球681周分の、現在の市場価格にして4億6631万2000円分の無償給油を行ってきたということである。しかもこれは“1回の給油で”である。すげーな。もちろん米艦船へ給油しているのが町で販売されている無鉛ハイオクガソリンなわけはないからこの金額には無理があるけれども。
いやそれでも、どこにそれだけの金と油があるんですかということだ。温泉とネトウヨしか湧いて来ないこの国で、しかも地方を含んだ日本全体の借金が1100兆円もあるこの国で。

純利益1兆円突破を記念して開催されたトヨタ自動車主催の「富士スカトロ8時間耐久レース=通称:富士スカ耐」が大成功で終わったことに気を良くしたからでもないだろうが、トヨタ相談役の奥田碩は自民党の財政改革研究会で「将来の負担を考えると消費税引き上げしかない」と発言したという(7日)。
消費税率を上げる前に、ドン・キホーテにも似た「テロとの戦い」を即刻止めるべきだろう。

日本の宗主国米ではどうやらガソリンが1リットル90円らしいことを13日『毎日新聞』の「日本のスイッチ」で知った。なるほど考えてみたら米は産油国である。生産量は減少しているとはいえ非石油輸出国機構の中ではロシアに次ぐ第2位なのだからそのくらいのガソリン価格もうなづけるというもの。
で、1リットル150円超の日本だけれども1リットル90円の米へこれからもガシガシ無償給油をしつづけたいのだ、という「新テロ対策特別措置法案」が衆院を通過したという。
鳩山邦夫の死刑制度を問う
鳩山邦夫は先に発言した死刑執行の「自動化」「乱数表」について《「確定判決から執行まで平均7年以上かかる」という現状がある。刑事訴訟法は半年以内に大臣が命令することを求めているが、かけ離れてしまっている》(11日『毎日新聞』闘論「死刑制度を問う」)ことにより、時の大臣によって執行命令書への署名にバラつきが出ることが《結果として(死刑制度の)法的安定性を欠》(同)いていると述べる。これには元法相の佐藤恵が《自分の判断で死刑を執行するのが嫌だという気持ちがあって、出てきた言葉だと思う》(同)と指摘しているが、まったくその通りだろう。

法務大臣の職務に忠実であろうとするならば、そして死刑を滞りなく執行するならば、まずすべきは法務大臣の責任を明確にすることではないのか。時の大臣によって執行までの期間にバラつきの出ることが問題と云うならば、大臣は責任から逃避するのではなく「半年以内に執行命令書へ署名しない法務大臣は死刑!」と法律を変えたらよろしい。さらには法務大臣自らが執行したらよいのだ。現役閣僚の中からくじ引きで選んでもよいだろう。死刑を今か今かと待ち望んでいる多くの世論も反対はしまい。

鳩山は《法相として一人も殺されることのない社会を願うが、殺人がとにかく減らない。死刑が持つ予防効果を考えると、現時点では廃止や執行停止はなじまない》(同)とも述べる。一方では犯罪が減らない、年々凶悪化している、と政治家やマスコミは盛んに喧伝しているのだが‥‥。
現在の日本において「国家による報復殺人の代理」としての死刑制度は善良なる市民の溜飲を下げるためだけに存置されているのであり、犯罪予防のためではない。そもそも「死刑が持つ予防効果」とはなにか。

死刑制度が持つ犯罪予防効果の具体例を私は知らないのだが、少なくとも、本ブログでたびたび引用する宅間守「覚悟のうえで起こした事件やから、謝罪はしない。だけど罰は受ける」や、小林薫「更生する自信がない/死刑にして欲しい」との告白には、司法も社会も敗北するしかないだろう。凶悪犯罪が増加傾向にあるのならば死刑制度には犯罪の予防効果がまったく期待できないと云える。
死刑制度を犯罪予防とするためには、死刑囚を市中引き回しの上、磔(はりつけ)獄門、そして市民によって──できるだけ残忍な方法で死刑執行されねばならないが、これを容認する民主法治国家はふつう存在しない。
死刑執行を予定されているのが貴方の母/父/兄弟/姉妹/息子/娘/妻/夫であり、しかも貴方は彼らが無罪であることを知っているがそのことを証明できないとしたら、貴方はどう感じるのでしょうか。そして、その死刑執行がなされた後に無罪の証拠を入手したとしたら何を思うでしょうか。
la_causetteから孫引き)
マフィアの十戒
日本の政治屋はマフィアに劣る、と云ったらマフィアに失礼だろうか。
浮気は駄目、酒場も禁止 マフィア10カ条見つかる
 イタリアのシチリア島で逮捕されたマフィアの大ボス、サルバトーレ・ロピッコロ容疑者(65)の隠れ家から、組織の構成員が守るべき10カ条のおきてを記した紙が見つかった。いわく「友人の妻に興味を持つな」「酒場に行くな」「うそをつくな」。8日付イタリア各紙が伝えた。
 同容疑者が発案し、組織に徹底を図ったとみられるが、マフィアの厳しいおきては口承の形で伝えられ文書化されないのが常識。あえて個条書きにした背景には、おきてを守らない最近の組織の緩みがあると捜査当局はみている。
 興味深いのは、このほか「妻を敬え」「浮気した者は組織に入れない」の条項。「極道の妻」の重要さをうかがわせ、浮気相手から情報が漏れることにも神経を使う。(中日スポーツ)
The Mafia's "Ten Commandments"
1. No-one can present himself directly to another of our friends. There must be a third person to do it.
2. Never look at the wives of friends.
3. Never be seen with cops.
4. Don't go to pubs and clubs.
5. Always being available for Cosa Nostra is a duty - even if your wife's about to give birth.
6. Appointments must absolutely be respected.
7. Wives must be treated with respect.
8. When asked for any information, the answer must be the truth.
9. Money cannot be appropriated if it belongs to others or to other families.
10. People who can't be part of Cosa Nostra: anyone who has a close relative in the police, anyone with a two-timing relative in the family, anyone who behaves badly and doesn't hold to moral values.

BBC NEWS | Europe | Mafia's 'Ten Commandments' found
ああっメリケンさまっ
そもそもが日本は“米の植民地下にあるという現実”を正しく認識すれば日本人が在日米兵から強姦されようが殺されようがそれに抗議するすることは国家反逆にも等しい。米兵から強姦されたらば本人も家族もむしろ「米兵さん、おありがとうございました」と礼のひとつくらいするのが当然なのだ。誰のお陰で日本の安全が護られているのかをよくよく考えるべきだろう。「米軍と自衛隊があるからこそ日本の平和と安全が保たれている側面が、すっぽり抜け落ちている」のである。
憲法の上位に据え置かれた日米地位協定、年次改革要望書と云う名の内政干渉。米に隷属することこそが日本の「国益」であることを下層愚民どもはまったく理解していない。
デムパはこのくらいにして、さて。
防衛省に火炎瓶投げた男に有罪判決(6日『毎日新聞』朝刊)
 防衛省に火炎瓶を投げ込んだとして、火炎びん処罰法違反などに問われた右翼団体構成員、M被告(22)に対し、東京地裁は5日、懲役2年、執行猶予4年(求刑・懲役2年)を言い渡した。安藤範樹裁判官は「暴力的に主張を表明しようとした犯行で、法秩序を無視した暴挙だ」と非難した。
 判決などによると、牧田被告は7月、東京都新宿区の防衛省の通用門内に侵入してガソリンの入った火炎瓶を投げ炎上させた。沖縄県の養護学校に米軍装甲車が侵入したことに怒り、国防問題を訴えたかったという。久間章生元防衛相の「原爆投下はしょうがない」発言を批判する声明文も持っていた。

※記事では被告を実名報道。Web版の記事では縮小されている。
暴力的行為はよろしくない。だがしかし傲慢極まりない在日米軍が日本国民をどれほど不安に陥れようともこの国の腑抜けた政府はロクに抗議もしない結果としての火炎瓶であろう。
生活費のほとんどまで面倒をみている在日米軍には“居てもらってる”のでは決してない、“居させてやっている”のである。日本政府は在日米兵が起こす数々の犯罪に断固として抗議しかつ「思いやり予算」を全額削除する制裁を加えたってバチは当たるまいよ(そもそもが「思いやり」なのだからしてそれを止めても制裁でも報復でもないのだが)。

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707201300_04.html
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707201700_01.html


【付記】当該事件は下のリンク先のことではないかと思われるが『毎日』が報道した被告とは氏名が違っているのはなぜなのだろう。別件なのだろうか。
http://www.giyuugun.jp/sb/log/eid18.html
http://www.giyuugun.jp/sb/log/eid80.html
http://www.giyuugun.jp/kougibun_uruma.php
コーヒーちんぽ
コーヒーの香りつきコンドーム、エチオピアで好評(CNN.co.jp)

エイズの拡大防止に努める米国の団体が、アフリカ東部エチオピアで、コーヒーの香りがするコンドームを販売している。コーヒー好きが多い同国で、コンドーム使用率の上昇を図っている。

コーヒーの香りつきのコンドームを考案したのは、米ワシントンに本部を置くチャリティー団体「DKTインターナショナル」。コンドームのゴム臭に対する不満の声が少なくないことから、今回の商品を開発したという。利益が目的ではなく、コンドームを抵抗なく使ってもらうことを狙ったとしている。

DKTはこれまでも、その土地その土地にあわせて、ドリアン(インドネシア)やトウモロコシ(中国)などの香りがするコンドームを開発している。
図録▽HIV感染者及びエイズ(AIDS)患者報告数の推移
図録▽世界のHIV感染・エイズの状況(地図付)
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