スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
やめたいような気がする
白い歯と禁煙世界禁煙デーだそうで。

JTが喫煙者を子ども扱いしているような「マナーを守ろう」ってCMをみるたびに「阿呆な喫煙者が多いから嫌煙運動がますます盛んになるんだよバカヤロー」と云う私はロンピーを20年以上も吸っておりますが。タール21mg、ニコチン1.9mg。

なので、○○マイルドとか△△ライトなんて銘柄を吸っているひとには「ケっ軟弱なタバコ吸ってんじゃねーよ」と思ってしまいますごめんなさい。
でも肺気腫になったら嫌だなあ。

って「タバコの煙による肺気腫の予防にトマトジュースの飲用が有効であることを動物試験で明らかにしました」と。明らかにしたのはカゴメ。
http://www.kagome.co.jp/news/2005/060113.html
ホントかね。
スポンサーサイト
恥ずかしくって、たまらない。
ざん-き【慚愧・慙愧】(名・自スル)
はじること。心からはずかしく思うこと。「──にたえない」
松岡農水相自殺での安倍首相の発言(要旨)

 松岡農水相自殺を受けた28日の安倍首相と記者団の主なやり取りは次の通り。

 ◆1回目(午後3時半)

 ――今の気持ちは。

 大変残念です。慚愧(ざんき)に堪えない思いです。ご冥福を心からお祈り申し上げたいと思いますし、残された奥様はじめ、ご遺族の皆様にお悔やみを申し上げたいと思います。
嗚呼、美しい国ニッポン。

松岡氏の自殺は「慙愧に堪えない」?
もう少し国語力を鍛えていただきたい(菅直人氏の事実を歪めた質疑に対して)
死んで詫びるな
金権政治の王道をゆく松岡利勝が自殺したという。

安倍晋三は「任命権者として責任の重さをあらためてかみしめている」と云うが、これは松岡の“自死という行動”に責任を感じているのか、それとも“利権政治屋の松岡を任命した”ことに責任を感じているのかね。

緑資源機構の前身である森林開発公団の元理事・山崎進一も自殺したらしい。いよいよキナ臭くなってきたが、死んで詫びることほど愚かな行為はない。死んだらハイそれまでよ、である。

松岡はナニを墓場まで持って行ったのだろう。

リンク追加(5月31日)
松岡・自殺の背景は何か
松岡の遺書「9通」説が流れている
安倍政権の“火薬庫”松岡利勝農水相が自殺して果てた
在日米軍従属促進法
在日米軍再編促進特別措置法とやらが成立した。「ゆるぎない日米同盟」のためというが、実体は米へのさらなる従属促進法に過ぎぬ。哀しき植民地根性。
【記事】
米軍再編法・きょう成立 自治体苦渋、交付金で選択迫られ(毎日/魚拓)

在日米軍従属促進法60億ドルといえばおよそ7300億円。この金額の算出はあいまいだという。おそらく米の「言い値」なのだろう。1年前には80億ドル=9700億円と云われていたから、それからすれば20億ドル=2400億円安くなった。わーいわーい。喜んでいる場合ではない。夕張市と何ら変わらぬこの国の財政の、一体全体どこをほじくれば米軍引っ越し費用が捻出できるのか。

米軍に日本から出て行って“いただく”ための方法は別にある。「思いやり予算」をすっぱり打ち切れば米軍は嫌が応にも出て行かざるを得まい。米が全額を自国で負担してまで日本に居座る理由などない。日本が養ってやっているからこその在日米軍基地なのだ。
そもそも日米関係の軍事面を強化したところで守るべき国民(本当は国民など守らないけど)が、増大する教育費や医療費の負担でヘロヘロでは本末転倒だろう。

──あなたたちがいると、ウルサいし怖いし迷惑なんです。お願いですから、この町から出て行ってください。
そんなに云うなら出て行ってやるよ。その代わり60億ドル出しな。

ヤクザだってそこまでアコギではない。
ケチな教育予算
昨夜21日のNews23を観て驚いた。日本の教育予算は対GDP比で3.5%、これは先進国の中ではずば抜けて低いらしい。
【参考】
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/3950.html
http://www.dpj.or.jp/kyouiku/003.html
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/toukei/06122122/003.pdf

教育費の公的援助が低いこと、云い換えれば家庭負担が高いことは少子化とも交わる問題のようだ。「貧乏の子沢山」は神話である。
また、高齢社会にあっても医療や年金等の福祉費を削減する状況では、年老いた親を抱えて尚かつ子どもを2人も3人も産み育てることは並み大抵の経済力では叶わないだろうことは想像に難くない。
【参考】
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1570.html

資源のない日本においては「ひと」が最大にして唯一の資源だが、時の政府に都合の良い道徳教育だの親学だので真に優れた人材が育つはずなどありはしない。そこで出来上がるのは「欲しがりません、勝つまでは」という“かつての”少年少女だけだろう。

この国の教育は、野菜に水をくれずにイジメると甘く立派に育つ、みたいな考えがあるのだろうか。今すべきは教育に税金をジャブジャブ投入して家庭や学校現場の不安、負担を解消することだ。
予算を最大限ケチっておきながら産めよ殖せよ良い子を育てよったって、土台ムリな話し。
テロがやって来る
どうして政治が内閣法制局の解釈に縛られなければならないのか、と宣ったのはJR東海会長の葛西敬之。政府の憲法解釈の番人となってきた内閣法制局は面白くない。懇談会には内閣法制局の梶田信一郎次長も出席したが、発言の機会は最後まで与えられなかった。安倍ちゃんはすべてにおいて官邸主導にしたいらしい。へっぽこほど権力に憧れるものなのだ。

私的懇談会の初会合で安倍は「日米同盟がより効果的に機能することが重要だ」と挨拶したという。自衛隊が米軍と一体化することで憲法9条がさらに蹂躙されるといった危惧もあるが、テロの恐怖が増大する懸念もある。

日本も加担したイラク侵略によってイギリス、スペイン等々で起こったテロ事件が幸いにも日本では起こらなかったことを忘れてはなるまい。これは運が良かっただけなのか、それともテロリストは日本など眼中にないのだろうか。

はたして日本はテロ攻撃を受ける覚悟はあるのか。日米同盟の軍事強化とはそういうことだろう。これまでは自国周辺の有事を心配しておればよかったものを、米に引きずられて世界中の有事に参加するというのだから。
反米テロリストのみなさま、狙うなら首相官邸ただ一点にしてください。
美しい家族の絆
「アタリ屋」をする親子もいるんだから驚きはしない。
強盗図る17歳息子の身案じ犯行現場で送迎、36歳母CNN

ドイツの大衆紙ビルトは16日、宝石店で強盗を計画していた17歳の息子の身を案じた36歳の母親が自ら車を運転して息子を押し込み先近くに送り、犯行の間、外で待つ事件があったと報じた。

東部のドレスデン市での出来事。母親は「息子がけがするのではと心配でたまらなかった」と供述している。

共犯は2人で、宝石店主は刺され、負傷していた。

母親には禁固3年10カ月の禁固刑判決が下された。息子らの判決内容は不明。(魚拓
関係ないけど、「赤ちゃんポスト」に3歳児が預けられたことに対して“ガタガタ云わずにおれのことを黙って愛してりゃいーんだよ”という種類の美しい国創りに熱心な安倍へなちょこ晋三が「お父さん、お母さんが匿名で赤ちゃんを置き去りにするのは私は許されないのではないかと思う。政府として、認めるということはありません」とオカンムリのようだが、私が安倍のような総理大臣であったらば国営の赤ちゃんポストを全国に設置するですよ。んで、預かった子どもに愚民化教育を徹底的に叩き込むけどなぁ。
毎朝かならず日の丸を仰ぎながら君が代を歌わせたり、鬼畜中朝の侵略に備えてエイッエイッと竹槍訓練させたり。これはチャンスとばかりに天皇屁以下の御為に喜んで死ぬ少年少女を量産するけどなぁ。
韓流の
チュッパチュッパと、音を立て過ぎです。

憲法は血となり肉となっているか──9条と安保理
一昨年7月、当時の外務大臣・町村信孝は国連本部で「常任理事国になれなかったら、国連分担金を削減すべきだという世論が広まるだろう」と子ども並の逆ギレをして日本外交が三流であることを告白した。
米の22%に継ぐ19%の国連分担金は、1000兆円の借金を抱えるこの国には重すぎる負担ではある。町村信孝の逆ギレも分からなくはない。

国連常任理事国入りには頼りの米すら賛成してはくれなかった。さらには日本の国連常任理事国入りに賛成してくれたのがたった3か国だったというみじめ。ODAをいくらばらまいても、である。
世界の尊敬を受けるには戦地で血を流さねばならぬのだ。だから自前の軍隊を持って普通の国になろう。「フツウ」ってナンデスカ?

軍隊を持てば一流国家になれるなどとは、完全な妄想である。しかも朝鮮並みの先軍政治を目指している自称“闘う政治家”安倍晋三は、世界中の笑い者にこそ成りすれ、尊敬されることなど万に一つの可能性もないだろう。金持ちなのにだれからも尊敬されていない。これほどくだらぬ国にしてきたのはだれなのか。
新しい日本のために──発刊のことば

 古い日本は影をひそめて、新しい日本が誕生した。生まれかわつた日本には新しい國の歩み方と明るい幸福な生活の標準とがなくてはならない。これを定めたものが新憲法である。
 日本國民がお互いに人格を尊重すること。民主主義を正しく実行すること。平和を愛する精神をもつて世界の諸國と交わりをあつくすること。
 新憲法にもられたこれらのことは、すべて新日本の生きる道であり、また人間として生きがいのある生活をいとなむための根本精神でもある。まことに新憲法は、日本人の進むべき大道をさし示したものであつて、われわれの日常生活の指針であり、日本國民の理想と抱負とをおりこんだ立派な法典である。
 わが國が生まれかわつてよい國となるには、ぜひとも新憲法がわれわれの血となり、肉となるように、その精神をいかしてゆかなければならない。実行がともなわない憲法は死んだ文章にすぎないのである。
 新憲法が大たん率直に「われわれはもう戦争をしない」と宣言したことは、人類の高い理想をいいあらわしたものであつて、平和世界の建設にこそ日本が再生する唯一の途である。今後われわれは平和の旗をかかげて、民主主義のいしずえの上に、文化の香り高い祖國を築きあげてゆかなければならない。
 (後略)

昭和二十二年五月三日
新憲法普及會會長 芦田均

(憲法普及會編『新しい憲法 明るい生活』から/文章は『踊りおどろか「憲法音頭」その消えた謎の戦後』巻末付録から起こした)
日本は戦後のほとんどの期間憲法を「死んだ文章」にしてきたのであり、「われわれの血となり、肉となるように、その精神をいかして」来なかったのではあるまいか。裏返せば、現憲法は“まだまだ若い”のである。
「戦力の放棄」を押し付けられたと云うのならば、押し付けられたことをむしろ強みにすればよい。“我々には9条があるのだ”と。

憲法9条を掲げて国連安保理入りを(安原和雄の仏教経済塾)
憲法9条を掲げて国連安保理入りを 「世界から見た日本国憲法」で各国パネリスト(日刊ベリタ)
踊りおどろか「憲法音頭」その消えた謎の戦後
05年09月24日にブログに書いてから気になってはいたものの、積極的に調べることはなかった「憲法音頭」。作曲が中山晋平にもかかわらず、中山晋平記念館ホームページにも紹介されていない憲法音頭とはいかなるものだったのか。私も憲法音頭をどこで知ったのかは忘れてしまった。

News23では93年に憲法音頭の特集を「憲法グラフティー『憲法音頭』を探せ」として2回に分けて放送したらしい。観た記憶がない。見過ごしたのだろうか。

ともかく本書に行き着いた。なんとSP盤から再録した憲法音頭のCD付。
非常に興味深い内容だが、まだ半分も読んでいないので、書評はまたの機会に。
【参考】
「憲法音頭」の誕生と消滅
憲法音頭

1.おどりおどろかチョンホイナあの子にこの子
  月もまんまる 笑い顔
  いきな姿や 自慢の手ぶり
  誰に遠慮が いるものか ソレ
  チョンホイナ ハ チョンホイナ
  うれしじゃないかないか
  チョンホイナ

2.古いすげ笠チョンホイナ さらりとすてて
  平和日本の 花の笠
  とんできたきた うぐいすひばり
  鳴けば希望の 虹が出る ソレ
  チョンホイナ ハ チョンホイナ
  うれしじゃないかないか
  チョンホイナ

3.青葉若葉はチョンホイナ 都に村に
  小風そよ風 この胸に
  好いた同志が ささやく若さ
  廣い自由の 晴れた空 ソレ
  チョンホイナ ハ チョンホイナ
  うれしじゃないかないか
  チョンホイナ

4.そんじょそこらにチョンホイナちょとないものは
  春の櫻に 秋の菊
  雪の富士山 海辺の松に
  光りかゞやく新日本 ソレ
  チョンホイナ ハ チョンホイナ
  うれしじゃないかないか
  チョンホイナ

憲法普及會制定
作詞:サトウ・ハチロー
作曲:中山晋平
編曲:小沢直與志
唄:市丸/波岡惣一郎
管弦楽:日本ビクターオーケストラ
合唱:日本合唱團
1947年5月8日録音
コロムビアレコード株式会社
[ 踊りおどろか「憲法音頭」その消えた謎の戦後 ]
和田登/本の泉社
暖ビズ
暖ビズ新聞の切り抜きを整理していたら出て来た。
07年01月09日火曜日『毎日』朝刊に掲載の全面広告。

暖ビズ2安倍ちゃんズーム。
この子だれの子?
「民法772条2項の規定に基づき離婚後300日以内に生まれた子供は実際の父親は別の男性でも『前夫の子』として届け出なければならない」いわゆる300日規定問題についての議論がかまびすしい。
自衛隊を軍隊に! 憲法を現実的に! という輩が、明治に施行されたこの法律に古さを感じないのはなんでだろ。

急速な少子化にあっては産んでくれたらそれだけで大儲けと考えてよさそうなものだが、オレの子か? それともヤツの子か? ということに神経質な政治家は元気である。
だれの子だっていーじゃん。素朴な感想。

そう、だれの子だっていいのだ。そりゃ半年もご無沙汰のカミさんのお腹がふくれてきたらダンナはムキーっとなるだろうが、問題とされている件のほとんどは関係が破綻した(している)夫婦の場合と思われる。

いっそ父親を指名制にしたらどうか。産んだ者つまり女性が父親を指名して選ぶのだ。もちろん逆指名も可能。つまり「ドラフト制」である。
では前夫ヨシオと現夫ヒロシがともに逆指名したらどうするか。くじ引きなり裁判なりで心ゆくまで争ったらよい。「だれの子か?」など自己責任の範疇だろう。
またもコッソリ
入浴直後に大便をしているようなもの。せっかくさっぱりしたのに便意を催す。
安倍晋三の外交にはそんな印象を受ける。(慢性下痢ピー症候群だから仕方がないと云えばないのだが。)

安倍晋三が靖国神社の春季例大祭に合わせて供え物を奉納したという。
内閣総理大臣名義で奉納しておきながら私人を強調する。さらに「具体的事実関係について申し上げないことにしている」との曖昧路線。いかにもへなちょこ宰相らしい。実にゴリッパです。

昭和天皇裕仁が靖国神社へのA級戦犯合祀に不快感を持っていた証拠が続々と出てきている。自身が超ド級のA級戦犯である裕仁が、A級戦犯合祀に不快感などとはよく云うよだが(A級戦犯問題がほじくり返されれば困ることになるという保身からだろうが)、安倍が持つ靖国神社への並々ならぬ思いと裕仁の大御心(おおみごころ)とやらと、どう整理するつもりか。説明はつくまい。

総理大臣といえば三権のひとつ行政の長であり、公人私人の区別などできるはずはない。にもかかわらず、信教の自由だの思想信条の自由を持ち出すなど笑わせる。信教の自由も思想信条の自由も主権者たる国民が有する権利であることを、安倍はまさか知らないのだろうか。だからこそ歪んだ愛国心を強要する憲法改悪も平気なのだろう。
観念しなさい
日本教育再生機構理事長 八木秀次さん 守る国柄 前文で表現すべき(東京

あははでは済ませられないほど、とんちんかんもいいところ。八木秀次は原爆を2発も落とされ非常に惨めな大敗北を喫したことが相当に悔しいのだろうか。かつては鬼畜と呼んだ国にすがっていながら、憲法前文は「過去を否定し、自分たちで国を守るという当事者意識が欠落している」とは嗤う。米軍は日本から出て行け! とは決して云わない。

八木は「現行憲法は、敗戦の産物として日本の歴史から切り離されて生まれたものです」と云うが、歴史とは常に連続の結果なのだからして、ある部分だけを歴史から切り離すことなど不可能である。ヨシ子ちゃんにフラれた過去を消し去りたい、という男のナイーブさ。みじめ。
また八木は現憲法前文を「(日本の)過去を否定」するものとも云うがそれはまったく違うだろう。現憲法前文が日本の過去を否定しているのだとすれば、それは明治から昭和の好戦国家日本を否定したのである。そもそも日本の過去を否定したのはクーデターによって権力を掌握した明治政府であった。

つまるところ八木が目指すのは“日本は天皇を中心とした神の国”であり“俺は、君=天皇のためにこそ死ににいく”軍国少年少女の再生産なのだろう。でなければ「国家や国民、愛国心という観念を共有し、次世代に継承するには強制が不可欠です。例えば、歴史的名場面を子供たちに『読みなさい』『考えなさい』と教える。観念は自然任せでは継承できない」などというアンポンタン丸出しな言葉は出てはくるまい。「継承するには強制が不可欠」な愛国心などニセモノもいいところだ。

八木が云うところの「観念」とは“あきらめること”を意味するのではあるまいか。考えようによっては正直とも云える。歪んだ国家であろうと愛国心を持たねばならぬと観念する、為政者がスカポンタンでもあきらめて従う、と云うことなのだから。
アレしろ、コレしろ。アレだめ、コレだめ。監禁王子みたいな国家だなァ。
主婦の年俸
モーレツに結婚したくなった。専業主夫させてくれる独身女性希望。
‥‥って書いたら怒られそうだな。「専業主婦はアンタが考えてるほど楽じゃないわよ! ぎゃーすか」と。
子ども? もらいっ子でいいんじゃないスか。DNAにはこだわらないので。
専業主婦の年俸は「約1660万円」に相当と、米調査CNN

賠償・補償額算定などを専門にする米企業は2日、専業主婦の労働を料理、家事や精神分析医などの職務に分類して年俸額を総計した場合、「13万8095ドル(1657万1400円)」に相当すると発表した。ロイター通信が伝えた。

昨年の額からは3%増えた。

主婦は日々日々、「10種類」の仕事に追われていると指摘。教師、洗濯機操作、車運転手、雑役、最高経営責任者(CEO)などの職務が含まれている。

平均では週92時間の労働を強いられているとして、うち52時間分は「残業対象」の時間帯と主張している。

このほか、外で仕事を持つ主婦は年間8万5939ドルを稼いでいると報告した。

調査は、インターネットで専業主婦2万6000人、仕事を持つ主婦1万4000人を対象に実施した。
変わってこちら「男だったらキュウリを目指せ」だそうです。
憲法記念日ですね
六 戦争の放棄

 みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。


七 基本的人権

 くうしゅうでやけたところへ行ってごらんなさい。やけただれた土から、もう草が青々とはえています。みんな生きいきとしげっています。草でさえも、力強く生きてゆくのです。ましてやみなさんは人間です。生きてゆく力があるはずです。天からさずかったしぜんの力があるのです。この力によって、人間が世の中に生きてゆくことを、だれもさまたげてはなりません。しかし人間は、草木とちがって、ただ生きてゆくというだけではなく、人間らしい生活をしてゆかなければなりません。この人間らしい生活には必要なものが二つあります。それは「自由」ということと、「平等」ということです。
 人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、自分のすきな所に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっしてうばわれてはなりません。また国の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはなりません。そこで憲法は、この自由は、けっして侵すことのできないものであることをきめているのです。
 またわれわれは、人間である以上はみな同じです。人間の上に、もっとえらい人間があるはずはなく、人間の下に、もっといやしい人間があるわけはありません。男が女よりもすぐれ、女が男よりもおとっているということもありません。みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないのです。差別のないことを「平等」といいます。そこで憲法は、自由といっしょに、この平等ということをきめているのです。
 国の規則の上で、何かはっきりとできることがみとめられていることを、「権利」といいます。自由と平等とがはっきりみとめられ、これを侵されないとするならば、この自由と平等はみなさんの権利です。これを「自由権」というのです。しかもこれは人間のいちばん大事な権利です。このいちばん大事な人間の権利のことを、「基本的人権」といいます。あたらしい憲法は、この基本的人権を、侵すことのできない永久に与えられた権利として記しているのです。これを基本的人権を「保障する」というのです。
 しかし基本的人権は、こゝにいった自由権だけではありません。まだほかに二つあります。自由権だけで、人間の国の中での生活がすむものではありません。たとえばみなさんは、勉強をしてよい国民にならなければなりません。国はみなさんに勉強をさせるようにしなければなりません。そこでみなさんは、教育を受ける権利を憲法で与えられているのです。この場合はみなさんのほうから、国にたいして、教育をしてもらうことを請求できるのです。これも大事な基本的な人権ですが、これを「請求権」というのです。争いごとがおこったとき、国の裁判所で、公平にさばいてもらうのも、裁判を請求する権利といって、基本的人権ですが、これも請求権であります。
 それからまた、国民が、国を治めることにいろいろ関係できるのも、大事な基本的人権ですが、これを「参政権」といいます。国会の議員や知事や市町村長などを選挙したり、じぶんがそういうものになったり、国や地方の大事なことについて投票したりすることは、みな参政権です。
 みなさん、いままで申しました基本的人権は大事なことですから、もういちど復習いたしましょう。みなさんは、憲法で基本的人権というりっぱな強い権利を与えられました。この権利は三つに分かれます。第一は自由権です。第二は請求権です。第三は参政権です。
 こんなりっぱな権利を与えられましたからには、みなさんは、じぶんでしっかりとこれを守って、失わないようにしてゆかなければなりません。しかしまた、むやみにこれをふりまわして、ほかの人に迷惑をかけてはいけません。ほかの人も、みなさんと同じ権利をもっていることを、わすれてはなりません。国ぜんたいの幸福になるよう、この大事な基本的人権を守ってゆく責任があると、憲法に書いてあります。


十五 最高法規

 (前略)「最高法規」とは、国でいちばん高い位にある規則で、つまり憲法のことです。この最高法規としての憲法には、国の仕事のやりかたをきめた規則と、国民の基本的人権をきめた規則と、二つあることもおはなししました。この中で、国民の基本的人権は、これまでかるく考えられていましたので、憲法第九十七条は、おごそかなことばで、この基本的人権は、人間がながいあいだ力をつくしてえたものであり、これまでいろいろのことにであってきたえあげられたものであるから、これからもけっして侵すことのできない永久の権利であると記しております。
 憲法は、国の最高法規ですから、この憲法できめられてあることにあわないものは、法律でも、命令でも、なんでも、いっさい規則としての力がありません。これも憲法がはっきりきめています。
 このように大事な憲法は、天皇陛下もこれをお守りになりますし、国務大臣も、国会の議員も、裁判官も、みなこれを守ってゆく義務があるのです。また、日本の国が、ほかの国ととりきめた約束(これを「条約」といいます)も、国と国とが交際してゆくについてできた規則(これを「国際法規」といいます)も、日本の国は、まごころから守ってゆくということを、憲法できめました。
 みなさん、あたらしい憲法は、日本国民がつくった、日本国民の憲法です。これからさき、この憲法を守って、日本の国がさかえるようにしてゆこうではありませんか。


※『あたらしい憲法のはなし』(1947年 文部省発行)から
※太字は水瓶座=管理人による
西部は保守(当たり前)
知りたいニュースをまったく記事にしない『毎日』だが、対談やコラムは面白いものが多い。その中のひとつで毎回楽しみなのが「中島岳志的 アジア対談」。2日は保守派の論客西部邁とのものだった。(ネット版『毎日』では記事をみつけられなかった。)
 西部 要するに、欠乏しているがゆえんに欲するんです。伝統も保守すべきものが手元にないが故に欲する。「不合理故に我信ず」です。人間は合理的なことしか理解できないわけね、でも自分の理解を超えた不合理なことがある、だから信じるんだと。自分には保守すべきものが何であるか分かりやすく言うことが難しい。難しいからこそ、それがあるはずだと探しはじめる。ところが、世間の右翼や自称保守は、保守すべきものが「ここにある」と思ってる。そんなものがあれば苦労はないって(笑い)。(2日『毎日』)
西部の云ってることだしな。だから信用できないしな。いや‥‥でも理屈は通ってるよな。と、対談を読んで頷いてしまったのだった。不覚。
…つまり高次の歴史感覚。これがアメリカには乏しい。だから、今のブッシュ政権のごとく個人主義を守ることが保守とされる。ヨーロッパの保守は歴史的。もっと言えば、共同体的なものを守ろうという感じが非常に濃厚ですね。(同)
「保守」と「保守反動」。これを明確に分けておかねばなるまい。
ダブルトークはへなちょこの証
安倍晋三という存在自体が抽象的であり“意味不明”だけれども、「安倍晋三発言語録」はこれまた抽象的で中身が空っぽ。国会答弁の中からちょっぴりマシなものを拾って来たのだろうが、ギザヒドス。こんなものをHPで堂々と紹介している神経には感心する。
これも鈍感力ですか? あるいは安倍信者用のテンプレ?

さて、真なる「戦後レジームからの脱却」とは日米関係の見直しをもってほか達成は叶わない。「ハイ日米地位協定を破棄しまーす」であり、「米産牛肉? 狂牛肉は300%の関税だバカヤロー」である。
しかし安倍の唱える脱却とは、特に軍事面においてこれまで米の「孫請け」だった立場から「下請け」へ昇格したいという涙ぐましい奴隷根性でしかない。憲法改定もその手段のひとつ。

「米議会がなんと云おうと日本軍は従軍慰安婦に関わってないったらないんだもんね」が一転、「慰安婦? そりゃ同情しますよぉ。悪いことしちゃったかなァなんて思ってますしィ」の変わり身がその証拠。これで右翼団体からの襲撃を受けないのが不思議なくらいだ。

五十嵐仁は安倍の政治姿勢を「警戒され疑惑を持たれるような『反米』的傾向が見え隠れすればするほど、それを誤魔化したり、言い訳したりするために、ますます『従米』的な傾向を強めざるを得なくな」(4月26日「五十嵐仁の転成仁語」)ると解説しているが、まさしくその通りだろう。
安倍が脱却すべきは己の「へなちょこ」である。
ガラガラポン早く
朝起きてテレビをつけたら奈知子がきゃあきゃあ云いながら飛んで跳ねていたのも驚いたが、額賀福志郎と前原誠司がワシントンでふたり並んで記者会見をしていたのも驚いた。
額賀と前原が会見した内容は、集団的自衛権をさらに拡大して日本はより従米的姿勢を目指すべきだといった、彼らならまァそうだろうなと思わせることでしかないのだが、国民投票法案をめぐって与野党の綱引きが激しさを増している最中(モナカではない)である。

小沢一郎が党首となってからの民主党は自民党との対決路線を打ち出しているはずである。地方選挙においては盛んにみられた候補者への相乗りも少なくなって来ているし、国政では自民党とほとんど違いのない法案に対しても何やかんやと対立しているのである。それが、だ。しかも額賀前原会見は日本国内ではなくワシントンで会見をするという姑息さ。

元々が自民党の亜流でしかない民主党であれば、なるほどね、のひと言で終わる話しだが、小沢の対決路線からの逸脱に加え、参院選を間近に控えているこの時期に額賀と前原が並んで会見することを民主党執行部はなぜ許したのか。民主党は本気で政権党に就く気があるのか疑問である。

自民党の支持率が下がっても民主党の支持率が上がらない理由はこうしたところにあるのではないか。自民も民主も変わらないなら自民の方がマシ、と思わせてしまうところが民主党にはある。それが政治不信を増長させてはいまいか。
いっそ参院選を前にガラガラポン(政界再編)してくた方がすっきりして良い。さすれば強力な第三極も生まれ易くなる。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。