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続・国家による殺人の代理
私は以前「死刑とは国家による報復殺人の代理である」と書いた。元死刑囚宅間守のように「覚悟のうえで起こした事件やから、謝罪はしない。だけど罰は受ける」と確信した者には極刑=死刑はまったくの無意味であるとも書いた。
そもそも弁償よりも謝罪を最重要視する日本人には死刑制度が有効であるとも思われぬ。

続・国家による殺人の代理昨今、「極悪人は殺せ」の大合唱を前にして、私はイラクで誘拐された日本人への論理無き非難にも似た空恐ろしさを感じずにはいられない。私にはまだ記憶に新しい、あの時の怒りと共に覚えた恐怖と絶望が。それと同じ空気が覆っているのである。他人の不幸に便乗じて己の鬱憤を晴らそうとするだけの短絡的でひどく歪んだ幼稚な死刑待望論。

死刑は被害者家族と被害者を利用した市民が溜飲を一時的に下げる効果しかない。極悪人は殺せという一過性の感情は、この国がかつてライ病者を徹底差別したことに通じており、異質なものを排除する全体主義へと通じる道程でもある。だが極悪人はある日突然そこに存在するものでは無い。

裁判員制度が施行されたらば無作為に選ばれた市民(=裁判員)は死刑を選択できるだろうか。傍観者として死刑を礼讃するのではない、自ら“それ”を選択することが。
死刑が犯罪の抑止力足り得る唯一の方法は「公開死刑」である。市中引き回しの上磔(はりつけ)獄門。むろん死刑は市民の手によって執行されねば犯罪抑止力の一助にはならぬ。死刑の恐ろしさを広く市民に植えつけるのだ。
これを容認する民主国家は普通存在しない。


死刑廃止info! アムネスティ死刑廃止ネットワークセンター
 ├死刑に関する事実と数字
 └著名人メッセージ・河野義行さん
東京拘置所のそばで死刑について考える会
 ├なぜ死刑制度に賛成/反対するのか
 └安田好弘弁護士に完全無罪判決/でも冤罪の人はいっぱいいる
弁護士安田好弘を擁護する(宮崎学 miyazakimanabu.com)04月26日追加
この記事へのコメント
私は・・・
他人を死刑にできる、他人の生死を掌握できるという「権力」に酔いしれる人間が出てくるのではないかと、そちらを懸念しています。マスコミの報道が「事実」として認識され、それに基づいて「悪者に制裁」を加えようとしてしまうのではないかと・・・。杞憂であればいいのですが。
水葉| | 2006/04/22(土) 09:14:35
水葉さん>
マスコミによる第一報(警察発表の垂れ流し)が事実であると断定する多数の国民は「容疑者」に「私刑」(良く云えば「社会的制裁」)をくわえるのは今に始まったことではありませんが、こうしたことには直感的に恐ろしさを感じます。
水瓶座| | 2006/04/22(土) 11:46:28
今後も“冤罪”という事態が起こりうる以上、
死刑に諸手をあげて賛成は出来かねるのですが、
極悪人が10年そこらで野放しっていう現実も空恐ろしい。
加算方式で懲役260年みたいの、採用して欲しいです。
刑務所の数足りないなら、極寒の地で強制労働とか。

シッポ| | 2006/04/23(日) 23:05:11
シッポさん>
死刑と無期懲役には差があり過ぎるのは問題ですね。シッポさんおっしゃる加算方式もそうですし、終身刑を導入すべきではないかと思います。
もうひとつ、刑務所では受刑者にどの程度の更生プログラムを行っているのか、あるいはいないのか。ここも良く考えたいと思います。
水瓶座| | 2006/04/25(火) 10:51:58
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