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報道のタイミング
『毎日新聞』で「撤退後のサマワ 自衛隊が残したもの」と題された連載記事が発表された(10月3日その1その24日5日6日7日)。内容に不満は残るものの、こうした報道は是非に必要なもの。しかし、「今頃になって?」という疑問が残る。今だからこそ報道あるいは取材することに意義があるということもある。自衛隊が去った後だからこそ分かるということが。

しかし当初から活動の中身が大いに疑問であり、しかもたった5回の連載ではアリバイづくりのようにも思える。一応、報道しておきましたよ、と。
自衛隊によるイラク復興支援が有益な支援とはかけ離れていたことは当初から云われていた。それを裏付ける意味での報道の価値はあるだろうけれども、ではこの報道を足掛かりにして、膨大な税金を投入しておきながら無益な支援しか出来なかったことをトコトン追求するわけでもない。

思い出すのは5月12日『毎日』コラム「記者の目」(伊藤智永記者)。
 5年前、小泉純一郎首相が自民党総裁に選ばれることが確実になった前夜、山崎拓前副総裁から聞いた小泉評は忘れがたい(もう時効と考え、山崎氏にはオフレコ解禁をお許しいただこう)。
 「いいか、君たちびっくりするぞ。30年も国会議員やっているのに、彼は政策のことをほとんど知らん。驚くべき無知ですよ」
 すぐにそれは証明された。記者会見や国会審議で、小泉首相は集団的自衛権とは何か理解していないことが露見したのだ。憲法を変えるの変えないのと迷走し、陰で家庭教師役の山崎氏は四苦八苦していた。
 戦後日本の平和がよって立ってきた安全保障の基礎にまったく無関心だった小泉首相が、その3年後、自衛隊を初めて海外の戦地に派遣した。「不戦の誓い」を口にして毎年、靖国神社を参拝した。派遣の判断基準は「常識」、参拝の理由は「心の問題」と言い張って。私は5年たった今も、首相は集団的自衛権を説明できないのではと疑っている。これらが外交・安保における小泉改革だった。
新聞の神髄は調査報道にあるし、検証記事は大切。しかし、報道すべきタイミングはもっと“正確に”してもらいたいと思う。ジャーナリズムは「権力の監視」が最大の使命なのだから。(私が定期購読しているのは『毎日』だけなので、他の全国紙の姿勢は知らない。)
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