スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
再び司法と社会は敗北した
元死刑囚宅間守は「覚悟のうえで起こした事件やから、謝罪はしない。だけど罰は受ける」と云った。小林薫被告は自ら死刑を望み、奥田哲也裁判長あてに「更生する自信がない」「死刑にして欲しい」などと書いた手紙を2度も送った。初めから死刑を覚悟した者に対しては司法も社会も無力。彼らにとっては死刑など屁でもない。
政治家やマスコミが煽情するように凶悪犯罪が増加しているのだとすれば、それだけをもってしても死刑制度はなんら意味を持たない、すなわち「抑止力」足り得ないことを表しており、小林被告への死刑判決は宅間元死刑囚へのときと同様に、司法と社会が敗北したことを意味するのではないだろうか。

小林被告への死刑判決を受けて、作家の高村薫は云う。同感。
個別の裁判所がその時々の世間の声に左右され、判断がまちまちになっては、裁判への信頼が失われ、法治国家ではなくなってしまう。(9月27日『毎日新聞』朝刊)
被害者が幼い女の子だから死刑、年寄りだから死刑回避となれば、人の命に差があることになってしまう。子どもが犠牲になった事件だからこそ私たちは冷静になるべきだ。裁判員制度が始まれば、私たちは重大事件にかかわり、重い責任を負う。その時はすぐそこまで迫っている。だから余計に感情で判断してはならない。私はそう自分に言い聞かせている。(同)
自らの近似体験や環境をそこに投影させようと、“その被害者”は自分ではない。だからこそ冷静に考えることができるはずなのに、そこにあるのは、極刑を求める被害者に便乗する“善良的な市民”の感情論。“善良的な市民”が憂さを晴らす代理としての被害者。

「無期懲役」と「死刑」には差があり過ぎるのが問題だとの云い方がある。だからその隙間を埋めるべく「終身刑」が必要ではないか。私もそのような考えに立っていた。「無期懲役は法律上、服役から10年で仮釈放が認められる可能性がある」(8月21日『毎日』土本武司白鳳大教授)といった指摘もある、が。
終身刑導入を巡る議論の多くは「無期刑受刑者は十数年で仮釈放される」という誤った認識に基づいている。(同『毎日』海渡雄一弁護士)
現実にはほとんどの人が仮釈放の望みを絶たれており、いま終身刑を設ければ、死刑と無期に加えて、生きては出られないような絶望的な刑罰をもう一つ増やすだけ。(同)
無期刑受刑者は1000人余りいるが、仮釈放されるのは年間10人程度に過ぎない。70年代には100人以上仮釈放された年もあったが、90年代以降は激減した。仮釈放までの収容期間も長くなり、今は20年以内に社会に戻る人はほとんどいない。多くの人が獄死するのが実情で、無期刑自体が既に終身刑に近くなっている。(同)
これが事実とすれば、確かに「『無期刑では甘過ぎるので終身刑の導入を』という意見は前提を欠く」(同)。少なくとも、終身刑を早急に導入する必要はない。

“死刑という刑罰しかない”のであれば話しは別(それはそれで大問題)。しかし多くの受刑者は、それこそ「再チャレンジ」することを前提として考えることが社会には必要だと思う。今現在更生の見込みのない者が、10年後にも20年後にも更生の見込みがないままなのか。確かに「懲役」だけを受けて来たのでは更生の見込みはないだろう。
死刑制度議論以前の問題として私がもっとも関心を抱くことは、(以前にも書いたが)受刑者への更生プログラムが実効的なものであるのか否か、または更生プログラムが行われているのかいないのか、ということ。刑期中に工芸品をつくったところで手に職をつける意味しかもたず、それでは社会復帰とは云えまい。

犯罪者はある日突然そこに存在するのではなく、私たちが住む社会の中で醸成され、そして内包されている。
果たして「更生」はどこまで可能であるのか。私は悲観的ではない。


死刑廃止論(反骨心ブログ)
殺意なき殺人者。(Tomorrow is Another Happy)
この記事へのコメント
人生のキッカケ
こんにちは初めておじゃまします。
昔、受験勉強中の漢文か何かで孔子が弟子と問答しているシーンの描写があったのですがそれを思い出しました。
「なぜ人は人を殺すのか」
孔子が弟子と問答するのですが、
その答えは「その人にその機会があったから」というものでした。
(細かい表現は忘れてしまいましたが・・・誰か知っていたら教えて欲しいです)
キッカケと出会ってしまったら自分だってわからないと・・・
逆にキッカケがあれば更正していける人も多いのかも知れませんね。
フルフルポン| | 2006/10/10(火) 19:02:43
フルフルポンさん>
はじめまして。

ハイ死刑! ではなく、懲役刑の中で更生の可能性をギリギリまで探ってもいいと思うんですね。
水瓶座| | 2006/10/11(水) 11:53:02
前科がついちゃうと、実質的に社会的に抹殺されてしまいますから、
せっかく更正して出所しても、生きる道を探すのが大変そうだなあと
思ったりもしますね。

シッポ| | 2006/10/11(水) 14:42:01
シッポさん>
マスコミを賑わす事件を起こせば「私刑」にされますしね。
水瓶座| | 2006/10/12(木) 12:13:54
大変興味深い記事でしたのでTBさせていただきました。
…というのは嘘です。
いや興味深いエントリーであることに変わりはないのですが、実はここを読んでたらもりあがって自分の記事を書いたのでTBしたというのが本当です。
山本@反骨心ブログ| | 2006/10/12(木) 23:00:52
読み返してみたら何か誤解を招きそうなコメントでしたので、補足します。
私に考えるきっかけを下さってありがとうございます。
また、ご意見をかなり参考にさせていただきました。
…と言いたかったのです。
表現…というより日本語が下手で申し訳ない。

ところで
何でTBできないのでしょう?
山本| | 2006/10/14(土) 03:43:00
山本さん>
山本さんのエントリ、興味深く拝見しました。いずれにせよむづかしい問題ですね。

TBはスパム対策として、エントリ中にこちらのURLがないと通らないようにしてあるんですが(たまに通ることもありますけど)、それが原因ではないかと思います。
でなければ、運営会社の相性でしょうか…。
水瓶座| | 2006/10/14(土) 11:15:45
トラックバックを送信させていただきました。
非常に重要な内容ですので、必ずお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/youhei2007/archive
名無し | 2007/03/12(月) 19:50:04
名無しさん>
はい。
水瓶座| | 2007/03/13(火) 09:34:51
ありがとうございます。
TBは届いておりますでしょうか?
名無し@k | 2007/03/13(火) 14:30:33
名無し@kさん>
本ブログURLを含まないTBは制限されています。
水瓶座| | 2007/03/14(水) 10:43:05
人の命に差がある?
>被害者が幼い女の子だから死刑、年寄りだから死刑回避となれば、人の命に差があることになってしまう。

ジャンボジェット機が墜落して多くの死者が出たとき、賠償額は人によって違ったらしい。
JRの事故も同様だったそうだ。

賠償は命の代償になっているのではないか?
だとすると、なんで賠償には命が差があっても意義を唱えず、死刑に関してだけ主張するのだろうか?

長崎の幼児、陰部切断殺人者の元少年は出所後50回以上もの猥褻事件を繰り返していた。
綾瀬女子高生リンチ殺人事件も犯人も再犯している。

これら鬼畜どもの人権と更生のために、どれだけ善良な市民が犠牲になるのだろうか?
世の中には不要な人というのが存在していることを何故認めないのだろうか?
それが清く、美しい人権論なのだろうか?
犯罪者の再犯率は30%程度だという
非犯罪者が30%も犯罪を犯すのだろうか?

犯罪者のみの人権という視点を正常に戻さない限り、死刑廃止は言葉遊びにしかならないことに気がついてほしいものだ。
Pascal| | 2008/09/20(土) 00:52:49
何故、権力者の言うことはいつも正しいと思うのか?
死刑廃止はただの言葉遊び
と言う人がいるが、私は「死刑にしろ」と言う人こそ「人の命を言葉だけで考えるな」と言いたい。
「死刑にしろ」とは「殺せ」という事であると理解して喋っているのか?
再犯率を指摘するなら、何故更正プログラムの不備を指摘しないのか?どうすれば更正出来るのか、と考えないのは何故か?
そして、警察の捜査や裁判が100%正しいとどうして思えるのか?
人は誰でも間違いを犯す。警察や裁判官だけ間違いを犯さないなんて事は無い。
死刑制度賛成の人は「命を奪った者は命で償え」とよく言うが
死刑にされた人が実は無実だったと分かったら、誰がその命を償うのか?
死刑肯定派の人にお伺いしたい。
うろこ| | 2008/12/25(木) 09:06:37
コメントを投稿する





秘密: 管理者にだけコメントを表示させる
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック(本ブログURLを含まないTBは制限されています)
ひっかかったのは、この記事だ。長勢法相:「死刑執行は法の規定に沿って判断」 死刑執行命令書への署名を拒んだ杉浦正健前法相の後任になった長勢甚遠法相は26日夜、初閣議後の記者会見で「死刑執行は大変重い問題だが、法
2006/10/14(土) 01:35:28|Tomorrow is Another Happy
水葉さんからTBを頂戴した。「死刑執行人の苦悩」という本を紹介されている。エントリーを読むうちに鳥肌が立つ。と同時に生命と自由とどちらを重んじるかは一義的でないという考えが一瞬ゆらぐ。もっとも「自由を永遠に奪い続ける」ということがどれほど恐ろしいことかわか
2006/10/14(土) 11:39:30|反骨心ブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。