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西部は保守(当たり前)
知りたいニュースをまったく記事にしない『毎日』だが、対談やコラムは面白いものが多い。その中のひとつで毎回楽しみなのが「中島岳志的 アジア対談」。2日は保守派の論客西部邁とのものだった。(ネット版『毎日』では記事をみつけられなかった。)
 西部 要するに、欠乏しているがゆえんに欲するんです。伝統も保守すべきものが手元にないが故に欲する。「不合理故に我信ず」です。人間は合理的なことしか理解できないわけね、でも自分の理解を超えた不合理なことがある、だから信じるんだと。自分には保守すべきものが何であるか分かりやすく言うことが難しい。難しいからこそ、それがあるはずだと探しはじめる。ところが、世間の右翼や自称保守は、保守すべきものが「ここにある」と思ってる。そんなものがあれば苦労はないって(笑い)。(2日『毎日』)
西部の云ってることだしな。だから信用できないしな。いや‥‥でも理屈は通ってるよな。と、対談を読んで頷いてしまったのだった。不覚。
…つまり高次の歴史感覚。これがアメリカには乏しい。だから、今のブッシュ政権のごとく個人主義を守ることが保守とされる。ヨーロッパの保守は歴史的。もっと言えば、共同体的なものを守ろうという感じが非常に濃厚ですね。(同)
「保守」と「保守反動」。これを明確に分けておかねばなるまい。
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