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疑わしきは
警察による過酷な取り調べ。その結果としての自白調書の「捏造」「でっち上げ」の常態化。マスコミは容疑者が真犯人であると断定した報道をするばかり。「警察によると」「関係者の話しでは」といった垂れ流しを続け、捜査手法や自白の真意などはまったく疑わない。それは“観客”も同じ。そして“観客”はマスコミと一体化して「私刑」をくわえる。

連日の大騒ぎによって容疑者は真犯人へと仕立て上げられる。容疑者がすなわち真犯人とはならぬのが冷静で常識的な判断なのだが、そうはいかぬ。行き詰まった社会のモヤモヤを晴らすには生け贄が必要なのだ。容疑者は裁判が始まる前に社会から抹殺されるのである。

「被害者参加制度」は、被害を受けたのも自己責任だから自分でどうにかしろ、ということ。政府、行政は被害者救済などしたくはないのだ。面倒臭いし、カネも無い。
“体感治安”の悪化に加え、まもなく始まる「裁判員制度」も厳罰化に拍車をかけることになるだろう。それが社会の多数が望む“空気”なのだから。

推定無罪。疑わしきは被告の利益に。
マスコミにも“観客”にも刑事裁判の鉄則を無視された容疑者は“何も無いことを自ら証明しなければならない”というアベコベ。そこには8番陪審員がいない。
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