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戦中と戦後の間(5)
輸入製でしかも不完全とはいえ、アジア太平洋戦争で大敗北を喫した日本は民主主義の国となりました。しかし民主主義にもっとも抵抗したのは旧態然とした政治家たちでありましょう。共産党によって暴露された“自衛隊の国民監視”がその証左です。民衆の力によって権力者を追放した──革命を起こした──ことが過去一度も無いにかかわらず、権力の側は国民を監視せねば落ち着かない。それは権力の側が民主主義、主権在民がなんたるかを理解できず恐怖しているからこそでしょう。

長い歴史の中で民主主義を経験したのはアジア太平洋戦争大敗北後から現在に至る60余年しかないこの国では、行政も国民も権利、自由とは何かを突き詰めて考えてきてはいませんし、当然ながら理解が出来ません。
日本の民主主義はまだよちよち歩き程度に過ぎないからこそ国民の権利、自由について大いに考え、学ぶべきなのですが、そのような訓練を受けず習慣を持たないままに社会へ放り出されます。

戦後の日本は“世界でもっとも成功した社会主義国家”と揶揄されていましたが、長らく権力者が主権者であったことしか経験していない日本では、権力者からの負荷(圧力)がかかった常態こそがもっとも快い日常であるということを、日本人自らが経験的遺伝子的に“獲得した”結果とすら云えそうです。ですから、「『インテリ臭い』理性的批判とか客観分析とかを軽蔑し憎悪する」(539頁)国民が増殖するのは必然であり、安倍というバカ(石原慎太郎風に)が唱える憲法改悪にいささかの不安を感じない国民がいることも、なんの不思議もないでしょう。むしろそれを望んでいる“空気”すら漂っている。

丸山はレッドパージを例に「現秩序に反対するどころか、現秩序を積極的に礼讃する者だけに認められる自由──これは自由の完全な同語反復化(トウトロジー)であり形骸化にほかな」らないと述べていますが(543頁)、日本人は太古の昔からそうして生きて来ました。
現在の“日本で一番エラいのは国民である”ということを行政もそして国民自身も知らないあるいは忘れています。

(この項、飽きもせずつづく)

※本書で強調点がつけられているところは太字に変えた。

[ 戦中と戦後の間 ]
丸山真男/みすず書房
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