スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
食と命の修学旅行
死刑について考える(1) 「そりゃ、殺したいよ」(たんこぶ)
辛淑玉が死刑について考えていることを読み、今日は修学旅行について考える。あんまり関係ないかも知れないが、考える。

私は常々、小学校の修学旅行で屠殺場を訪れたらどうかと考えている。「食う」とは何か、そして「命」とは何かを学ぶに最も適した場所が屠殺場である。
「修学」旅行だもん。ディズニーランドのどこが修学旅行なんだよバーロー。

たしか永六輔が云っていたと記憶しているが「いただきますとは、あなたの命を私の命に代えさせていただきます、なのだ」ということ。肉は初めからステーキやハンバーグに形成されているのではない、人間が──ぼくたちわたしたちが生きてゆくには“代わりの命”が必要なのである。いただきますとは“命に感謝する”のである。
温かく真っ赤な血の通ったドナドナの断末魔、それをさばく様子を見学することから、命について考えてゆく。ミミズだってオケラだってアメンボだって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ。
世界的には人口増加の傾向にあるなかで、おそらく何億人もの命を飢えから救えるであろうだけの食品を大量に輸入し大量の残飯をつくりだす国、日本。食糧自給率40%を下回るこの国が40%の食品を捨てている現実も合わせて学びたい。

命についてはもうひとつ。辛淑玉の記事を読んで考えたことは、屠殺場に加えて死刑場も見学したらどうだろうかということ。もちろん“執行を見学”しなければ意味がない。
よだれを垂らし下をもらす死刑囚の姿を目の当たりにすれば、死刑制度存置派の云う犯罪予防にもなろう。

私の死刑反対(Tomorrow is Another Happy)
BBCでの死刑論議(la_causette)
この記事へのコメント
コメントを投稿する





秘密: 管理者にだけコメントを表示させる
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック(本ブログURLを含まないTBは制限されています)
私ね、家族が殺されたら、犯人をこの手で殺したいと思うと思う。 それで自分が犯罪者に成り下がっても。 だから、本村さんの「死刑にならないなら今すぐ釈放してくれ。私がこの手...
2007/10/19(金) 15:49:54|Tomorrow is Another Happy
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。