スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
鳩山邦夫の死刑制度を問う
鳩山邦夫は先に発言した死刑執行の「自動化」「乱数表」について《「確定判決から執行まで平均7年以上かかる」という現状がある。刑事訴訟法は半年以内に大臣が命令することを求めているが、かけ離れてしまっている》(11日『毎日新聞』闘論「死刑制度を問う」)ことにより、時の大臣によって執行命令書への署名にバラつきが出ることが《結果として(死刑制度の)法的安定性を欠》(同)いていると述べる。これには元法相の佐藤恵が《自分の判断で死刑を執行するのが嫌だという気持ちがあって、出てきた言葉だと思う》(同)と指摘しているが、まったくその通りだろう。

法務大臣の職務に忠実であろうとするならば、そして死刑を滞りなく執行するならば、まずすべきは法務大臣の責任を明確にすることではないのか。時の大臣によって執行までの期間にバラつきの出ることが問題と云うならば、大臣は責任から逃避するのではなく「半年以内に執行命令書へ署名しない法務大臣は死刑!」と法律を変えたらよろしい。さらには法務大臣自らが執行したらよいのだ。現役閣僚の中からくじ引きで選んでもよいだろう。死刑を今か今かと待ち望んでいる多くの世論も反対はしまい。

鳩山は《法相として一人も殺されることのない社会を願うが、殺人がとにかく減らない。死刑が持つ予防効果を考えると、現時点では廃止や執行停止はなじまない》(同)とも述べる。一方では犯罪が減らない、年々凶悪化している、と政治家やマスコミは盛んに喧伝しているのだが‥‥。
現在の日本において「国家による報復殺人の代理」としての死刑制度は善良なる市民の溜飲を下げるためだけに存置されているのであり、犯罪予防のためではない。そもそも「死刑が持つ予防効果」とはなにか。

死刑制度が持つ犯罪予防効果の具体例を私は知らないのだが、少なくとも、本ブログでたびたび引用する宅間守「覚悟のうえで起こした事件やから、謝罪はしない。だけど罰は受ける」や、小林薫「更生する自信がない/死刑にして欲しい」との告白には、司法も社会も敗北するしかないだろう。凶悪犯罪が増加傾向にあるのならば死刑制度には犯罪の予防効果がまったく期待できないと云える。
死刑制度を犯罪予防とするためには、死刑囚を市中引き回しの上、磔(はりつけ)獄門、そして市民によって──できるだけ残忍な方法で死刑執行されねばならないが、これを容認する民主法治国家はふつう存在しない。
死刑執行を予定されているのが貴方の母/父/兄弟/姉妹/息子/娘/妻/夫であり、しかも貴方は彼らが無罪であることを知っているがそのことを証明できないとしたら、貴方はどう感じるのでしょうか。そして、その死刑執行がなされた後に無罪の証拠を入手したとしたら何を思うでしょうか。
la_causetteから孫引き)
この記事へのコメント
コメントを投稿する





秘密: 管理者にだけコメントを表示させる
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック(本ブログURLを含まないTBは制限されています)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。