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ご結婚50年に寄せて
裕仁が人間宣言(莫迦莫迦しい)して以降の天皇は主権者たる日本国民に食わせてもらってる立場なのだから、嘘でも国民にもっと感謝せねばならぬ。もっともらしく「嬉しく思います」なんてこきゃあがると生活保護を打ち切るぞ。

そういえば3月だったか。雅子とダンナ、娘っ子の3人で奥志賀高原へ「静養」に来たらしい。いつもながらJR駅前や幹線道路は莫迦莫迦しいほどの警備。何ひとつ生産せぬタダ飯喰らいの一家のせいで混雑する道路。あのねえ、静養も警備もタダではないのだよ。

天皇一族は右翼の街宣車で移動すればよいのである。街宣車を襲う者など今の時代いないだろう。それに右翼団体からすれば大変な名誉だろうから喜んで搬送するに相違ない。まさか運賃をよこせとは云うまいよ。それでは白タク行為である。

さて、天皇はこの国の象徴であるという。本当かしら。たとえば「赤」と云えば共産党! と来る。ノンポリならば情熱と答えるかもしれない。それは「赤」が共産党や情熱を充分に象徴しているからである。

天皇は本当にこの国を象徴しているのか。ときおり「主権者」の前に現れてうやうやしくアルカイックスマイルを振りまくだけならばこの国の象徴はペコちゃんでよいということを散々書いてきた。むしろペコちゃんの方がかわゆい。年間70億円もの生活保護費を支給してやる必要もなければY遺伝子だ女系だといった愚かな議論で紛糾することもない。後継者問題など存在せぬのだから。

ペコちゃんといえば正しく不二家の象徴であろう。ペコちゃんと云えば不二家であり、不二家と云えばペコちゃんである。不二家と云えば? ネクター! そう答える者は相当なへそ曲がりだ。

果たして天皇がペコちゃんくらい立派な象徴足り得ているのか。「主権の存する日本国民の総意に基づ」いてなくとも(憲法1条)、象徴としての存在に疑わしさがあるのならば天皇の存在理由はすっぱりとなくなる。

日本の象徴であるならば日本の玄関口成田空港ロビーで「ようこそ日本へ!」とやればよいのだ、カーネルサンダースよろしく。外国人観光客も大喜び間違いなし。オー! ジャパニーズ ショーチョー! これこそ真の公務である。ただし、どぶ川へ放り込まれないよう充分にお気をつけを。天皇の呪いがかかるのはイヤだ。
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